
人は必ずいつか死ぬ。それに例外はない。もし人が死ななかったらどうするだろう。きっと地球は崩壊すると思う。その理由は二つある。一つ目は生きている人で地球が溢れかえってしまうということ。死ぬ人がいて初めてこの世に誕生できる空間があるということ。だからこそ無数の「死」によって今日の自分がある。そしてその心が先祖への感謝の気持ちになる。もう一つ目は命の尊さが分からないということ。人は死に直面して初めて「生」について考える。限りある命、生きる喜び、貴重な時間や空間、そして他者への痛み、すべては「死」から学ぶ。
しかし現在はどうでしょう。これ程までに学ぶことの多い「死」も、楽しいこと、心地よいことを追求する日常生活からは、不安の影を落とすものとして目に見えないところへ追いやられる。そして人自信もそこから目を背向けて生きている。日常生活の中で身近に触れることが出来なくなってきたことが、「生」をかけがえのないものとして慈しむ心を人々から奪ってしまったのではないかと思う。そしてそのような時代背景が、「いじめ」「児童虐待」「自殺」「未成年者による犯罪」の増加につながっていると思う。学ぶことの多い「死」を遠ざけて唱えられている「命の大切さ」に疑問を感じるのは私だけだろうか?
| 一級愛玩動物飼養管理士・一級火葬技術管理士 坂川 |